今回開発した精神寄生虫《アストラルパラサイド》には共通した特徴がある。 1.人間に寄生し、魔力を吸収することでスライムを生産、自己増殖する。 2.魔力容量《キャパシティ》の少ない人間に寄生させた場合、魔力と供に肉体そのものも蝕まれて死にいたる。 3.魔力の吸収量に伴って寄生対象からある程度の知識を得ることが出来る。 4.自らの肉体となるスライムが大きく損傷すると暴走状態になる。 5.長期間寄生させた場合精神そのものを乗っ取ることが出来る。 いくつかの種類があるが、共通項目はおおむねこんなところだ。 人間に寄生している段階ではスライムは魔力と言う形で圧縮される。 しかし、人間に寄生している状態が解除されれば、吸収した魔力によって大量のスライムを一瞬に作り出すことが出来る。 このシステムを利用すれば、誰にも気づかれることなく人間社会に溶け込むことが出来る。 しかしながら、今だ不完全なため、さらなる研究が課題となる。 今回は試作品として完成した精神寄生虫《アストラルパラサイド》5体全てを貸し出す。 ただし、条件として何らかの人間に寄生させ、人間社会にどれだけ溶け込めるのかの実験だけは行って欲しい。 貴方の今いる場所ならば、エルマ神殿が丁度いいだろう。 少々高度な命令になるが、エルマ神殿の結界発生装置に使われているマナジェクトの奪還が出来れば最高だ。 仮にそれが出来なくとも、2,3週間以上の長期潜伏が完了すれば十分だ。もちろんこのことは誰にも知られてはならない。 資金提供者として、貴兄には大いに感謝している今後もますますの隆盛を願い協力願いたい。 アルベルト・シュナイダー 法と魔術で栄えた町ルーセリア。俺は今適当な公園のベンチに座って、じっくり精神寄生虫《アストラルパラサイド》の資料を読み漁っていた。もっとも今読んでいたのは資料に挟まっていた一通の手紙だが。 時間は午後4時。夕方だ。 あれから丸一日経った。 あのあと俺達は戦闘の披露を回復すべく館で一休みし、次の日に山を降りてきた。 火乃木とネルはシャロンの服の分の買い物を含めて町に出かけている。ノーヴァスの館からくすねてきた金を使って。 まあ、別にそれは構わないのだが、火乃木の奴あんまり高い買い物しないかどうかが俺としては心配だったりする。 今後のことを考えたらあまり浪費することは避けたい。 俺は精神寄生虫《アストラルパラサイド》の資料に挟まっていた手紙を封筒に戻す。 今回の件で色々わかったことがある。 精神寄生虫《アストラルパラサイド》は誰かが作った生物であること。 そして、ノーヴァスはそれを5体所有していたこと。 そのうち2体は柄の悪いごろつきに寄生させて自己消滅。さらに2体は俺たちが撃退した。 そして、残る1体。それがライカに取り付いているらしいこと。 ノーヴァスはエルマ神殿のライカに寄生虫を取り付かせ、エルマ神殿に存在しているマナジェクトの強奪を狙っていた。 手紙の文面からして、それで間違いないだろう。 一体誰が何のためにこんな研究をしているのかは知らない。 とりあえず今俺のやるべきことは、エルマ神殿のライカに取り付いた寄生虫を取り除き抹殺すること。 そして、この事実をエルマ神殿に知らせることだ。 それでこの事件は解決だ。 「やっほー! レイちゃん!」 「ん?」 気の抜けた声がした方を振り向く。そこには火乃木がいた。 人間としての特徴を取り戻し、すっかりご機嫌だ。 結論から言って、人間に変身するためのカードはノーヴァスの館で見つかったとのことだった。 何故あったのかはよくわからない。多分ノーヴァス等が行ってきた研究のためなのかもしれない。 服はいつもどおり黄土色のシャツに緑色の巻きスカートだ。 「どうかな? 似合う?」 「似合うも何も、いつも通りだな」 「なぁにさそれー!」 あ、怒った。 「いつも通りだから、いつも通りと言ったんだ」 「少しは気の利いた台詞の1つも出てこないの?」 「出てこねぇな、そんなもの」 「ムッカァ! 怒るじょ!」 「ダマレ!」 俺は火乃木の額に右チョップを一発かかました。 「あいたー!」 「だはははは! 怒って見せろい!」 調子付く俺。さあ、殴り返して来い! 火乃木! って俺はマゾじゃねえんだけどな……。 「……いっつも意地悪ばっかりなんだから……」 あ、あれ? なんでだ? いつもならどうでもいいことで俺から突っ込みを入れて、火乃木に殴り返されるパターンなのに……。 最近なんか調子狂う……。俺はいつも通りに接しているだけなのにな。 何故だ? 何が変わった? 火乃木がいつもの反応をしないのはなんでなんだ? 「あ、いたいた」 そのとき、ネルの声が聞こえた。その横にはシャロンも一緒だ。 同時に火乃木の表情が険しいものになった気がした。 「この子の服選ぶのに時間かかっちゃってさぁ……」 ネルはそういってシャロンに目を向ける。 黒を基調としていることは今までと変わらないが、今までと違って地味な服ではなく、人に見せることを意識した服装だ。 黒のニーソックスに黒のミニスカート。上半身も黒の長袖に胸元に白いリボンと、髪の毛の色と調和が取れている。 一番大きく変わったのは髪の毛だな。ポニーテールにしているので、印象が大きく変わった。大人しめだった以前に比べて活発な印象を与える髪形だ。 本人の性格はともかく。 「へぇ……中々似合ってるじゃないか」 「……」 「ほら、シャロンちゃん。クロガネ君に言いたいことがあるんでしょ?」 「う、うん……」 俺に言いたいこと? はてなんだろうか? 「レイジ……。助けてくれて……ありがとう」 照れくさそうに、たどたどしく、しかしはっきりとシャロンは言った。 「うん」 俺はそれに対して応える。 「それで、色々考えたの。私に出来ること、私が成すべきこと。……私が生きる目的とか……そういうの」 「……」 俺は黙ってシャロンの言うことに耳を傾ける。 「私は……あんなにたくさんの人に手をかけてしまった。だから、生きていてもいいのかなって思った。でも、レイジは言ってくれた。私の力を誰かの役に立てればいいって……」 確かにそんなことを俺は言った。 人が罪を償うには二つの方法がある。 1つは法によって裁かれる。 もう1つは自主的に何らかの目標を掲げて償う。 だけど、後者が出来る人間はきっとそうはいまい。俺は過去に多くの人間を殺めてきた。その罪滅ぼしをするために俺は生きている。そして、その目標は人間と亜人の仲を取り持ち、両方が平和に暮らせる世界を作ること。 あまりにも大仰だと思う。それでもせめて俺がなした功績が後世の人たちに受け継がれるような。そんなことが出来ればと思い、俺は旅をしているわけだ。 もっともまだ始まったばかりではあるが。 シャロンも、俺と同じように何かしら目標を見つけたんだろうか? 「私は……レイジと一緒に世界を見て回りたい。レイジが何をしようとしてるのか知りたいし、それに……」 シャロンは瞳をゆっくりと動かす。その視線の先にあったのは……。 「私を助けようとして、左腕がなくなっちゃったから……」 俺が左腕を失ったときのことを考えているのだろう。シャロンの言葉の一つ一つがとても重く聞こえる。 そして一呼吸置いて、シャロンは意を決したかのように大きく言った。 「だから……だから今度は、私がレイジを助けるの! だから、レイジと一緒に行きたい! レイジと一緒に旅をしたい。そう……思う……」 シャロンにとって、それが罪滅ぼしになると言うことなのか。そうすることで、少しでも俺に対する後ろめたさをなくしたいと言うことなのか? どちらでも俺は構わない。シャロンにとってそれが生きる目的となるのなら。 それがシャロンが考えた、自分の生きる道だと言うのなら……。 迎え入れよう。1人くらい増えたって旅に支障は出ないだろうしな。 「ああ、わかっ……」 「いい加減にしてよ……」 俺がシャロンに返事をしようとしたそのときだった。 低く、怒りを無理やり押さえつけたような凄みのある声。 その声は火乃木のものだった。火乃木は拳を握り締めながらシャロンを睨みつけている。 お前……まさか。 「どうして……君がついてくるのさ……」 「やめろ、火乃木」 しかし、俺の言葉など聞こえていないかのように火乃木は続ける。 「ボクは……やだ……。その子と一緒に……旅なんかしたくない!」 「おい、火乃木!」 「レイちゃんの、レイちゃんの左腕を奪ったくせに! なに図々しいこと言ってるんだよ!」 完全に怒りの感情に任せて口を動かす火乃木。爆発した感情と勢いに任せて、俺やネルが目の前にいるにも関わらずシャロンを罵倒する。 「ついて来るなよ! 寄るなよ! 人殺し! バケモノのクセに……!」 「ヒノキィ!!」 俺は抑えられなくなった火乃木の頬を思いっきり叩いた。 俺自身、火乃木のあまりの言いように一瞬で怒りが頂点に達した。 シャロンもネルも立ち尽くしている。空気がひたすらに重い。 「お前……自分が何言ってるかわかってんのか?」 俺は感情を抑えて火乃木を問いただす。 火乃木がこんなこと言うなんて……。 同時にわかったような気がした。火乃木が喧嘩に乗ってこないのは、俺の左腕を気遣ってのことなんだ。 火乃木が俺にどんな感情を抱いているのか、俺は知ってる。気づかないほうがおかしいくらいのアプローチを俺は今まで火乃木から受けてきた。 だけど俺はその思いを受け取れない。俺も人殺しだ。だから俺は幸せになっちゃいけない。俺なんかに比べてまだ人間らしい生き方が出来る火乃木が、俺なんかと結ばれてはいけない。そう思った。 だから頑張って誤魔化してきた。 人間に対する恐怖を少しでも忘れさせて、元気付けるために話してた頃と同じ話し方で、はぐらかし、火乃木の思いをずっと無視してきた。 だって真面目に接したら、火乃木は本気にしてしまう。 俺は誰も愛してはいけない。俺は誰からも愛されてはいけない。俺に愛なんて感情はいらないんだ。あってはならないんだ。 だけど……もう誤魔化しきれないんだな……。 俺が左腕を失ったことで、火乃木は俺を気遣ってくれる。だから喧嘩なんかもうしない。ふざけることなんて出来なくなってしまったんだ。 火乃木がこの場でキレるのは、俺とシャロンに対する相反する気持ちからなんだ。 火乃木は殴られた頬を押さえもせず、前髪で自分の目を隠すようにうつむいた。 「なんでさ……なんで……」 嗚咽を漏らし、火乃木はぶつぶつと言う。 「なんで……! その子ばっかり……。どうして……それだけの思いを……ボクには、ぶつけてくれないの……!」 「……」 「もう……無視しないでよ……。もうやだよ……。レイちゃんが、あんな目に合うの……見たくないよ……。もう……あんな目に……あいたくないよぉ……!」 言ってることがあちこちに飛んでる。 感情が爆発して言葉が整理されていないからだろう。 俺との恋情、俺が左腕を失ったときのこと、自分が亜人の姿を人前に晒してしまったこと。 火乃木にとって、どれも苦しい思いだったんだ。 俺やネルやシャロンと比べて、火乃木は人間の死と言うのを知らない。 命を救われたことはあれども、命を懸けて何かを全うすることなんて火乃木は知らない。火乃木が求めているのは安穏に暮らしていける世界。何事もなく、平和で、誰も傷つくことのない平和な生活。 それを求めている火乃木にとって旅をするって言うのはどんなものなのだろう? そんな思いをしてまで、旅をしたいなんて火乃木は思っていない。 「お前が言いたいことがわからないとは言わない。だが、今お前が言ったことは……」 「わかってる、わかってる! わかってる!! こんなこと言う資格ないことも、自分がひどいこと言ってることだってわかってる!! でも……でも……納得できないよぉ! 我慢なんかできないよぉー!」 火乃木はそれだけ言い残してその場から走り出した。 俺はその背中を黙って見ていることしか出来ない。 「……!」 シャロンはその場にへたり込んだ。目から大粒の涙を零しながら……。 「シャロンちゃん!」 ネルがシャロンのそばによる。 「私……。……! うう……!」 面と向かってバケモノと呼ばれたのが相当利いたのだろう。シャロンもまた涙を堪えることが出来ず両手で目元を押さえて泣き始めた。 「う……ううう……う……!」 シャロンはシャロンでノーヴァスの呪縛から開放されたばかりだったのに、あんなことを言われたんだ。傷つかないわけがない。 何だろう……これ? なんでこんなことになってるんだ? 「クロガネ君!」 「!」 ネルが俺を呼ぶ。今までにないはっきりした声で。 「火乃木ちゃんを追って! シャロンちゃんは私が見てるから!」 「え? けど……」 「いいから早く!」 「……」 俺はこくんと頷いてから火乃木が走っていったほうへ向かった。 「はぁ……」 大きな木に背中を預け、火乃木は目の前に流れる小川を眺めながらため息をついた。 「最低だ……ボク……」 そして、呟く。 少しは楽になるかなと口に出してみたが、全然楽にならない。それどころか、ジクジクと胸が痛む。 嗚呼、苦しい苦しい苦しい……。 ただ、大好きなだけだった。誰よりも好きだった。誰よりも愛されたかった。それだけのはずだったのに、なんでこんなことになってしまったのだろう。 どうして零児の前であんなことを言ってしまったのだろう? 決まってる。許せなかったからだ。 零児の左腕を奪っておいて、たくさん人を殺しておいて、それでどうして零児と一緒にいたいなんて言えるのか。 シャロンにバケモノ呼ばわりしたことは自分でも悪いと思っているし、自分が言えた義理じゃない。自分だって人間から見たらバケモノなのだ。 零児に拾われる前に散々バケモノ呼ばわりされて、罵られて、人間を憎んでいた自分が他人に対してバケモノ呼ばわりできるわけがない。 理屈は分かってる。でも心は納得してくれない。 どうして零児はシャロンをかばうのか? ――そりゃあ……レイちゃんはああいう人だから。だからかばうんだ。レイちゃんは強い。自分の力をより多くの人のために使いたいと言っていた。だからシャロンちゃんをかばうんだ。だけど……だけど……! 醜い嫉妬だと思う。シャロンに比べたら自分の方が胸もあるし、背だってある。少なくともシャロンよりは女らしい。 だけど、零児は自分よりシャロンばかり見る。 ――あああああ違う! 違う違う! あの子は小さいから、誰かが守ってあげなきゃいけないんだ! だからレイちゃんはあの子を守ろうとしていた! わかってるわかってる! わかってる……わかってる……けどぉ……。 零児の行動パターンだって大体知り尽くしている。知っているからこそ、自分もそうしてもらいたいと思う。 零児に愛されたい。 ずっと願っていた。 だけど零児は、その手の話しになると必ずはぐらかした。 10歳の頃に拾われたときは、兄として好きだった。 13歳になる頃には1人の男性として好きになった。 何度も告白しようとした。でも零児ははぐらかした。人間が怖くて怯えていたときと同じように、おどけて誤魔化してはぐらかした。 だったらせめて一緒にいたいと思った。愛されなくたって一緒にいればきっといつか自分のことを理解してくれると信じて。 零児がはぐらかし始めた頃から火乃木と零児の間にはなにも進展はなかった。 いつしか2人でふざけあい、じゃれあうのが日常になっていった。 だから零児が旅に出ると知ったとき、どんなことがあってもついていこうと思った。離れ離れになんか絶対になりたくないと思った。 もちろん零児は断った。自分1人で旅をすると言った。 そのときのやり取りは今もはっきり覚えている。 『レイちゃん1人で旅になんか行かせられないよ!』 『あのなぁ……お前なんぞつれていけるか!』 『なんでさ!』 『女らしくねぇから』 『な、ななななな!?』 ひどい言われようだと思った。だけど、ひどいことを言って自分が零児のことを諦めさせることが零児の狙いに違いないと思った。 確かに自分は他の子よりちょっと背が高い。159もある。 それに男ばかりの環境で育ったし言葉遣いが女の子らしくないときだってある。 服装だってほとんど軽装でスカートなんか履いたことなかった。 ――だから……スースーするスカートだって履いてるのに……。 ――昔に……戻りたい。 そう思うのは、きっと自分は旅をしたくないと思っているからだ。 今回だけでかなりひどい目にあった。 人前で亜人としての自分の姿を晒すことになってしまったし、汗をかきながらスカートで山道を登ったりした。 しかし、一番嫌だったのは零児の左腕がなくなることだった。 シャロンのせいで。 零児の断末魔を聞いたとき、様々な思いが脳裏をよぎった。 ――どうしてレイちゃんがあんな目に合わなきゃいけないの? ――いやだ! レイちゃんに死なれたくない! ――また1人になってしまう! それだけはいや! 絶対絶対イヤ! 頭の中がパニックになって、どうすればいいのかわからなかった。 そして、シャロンの力が暴走したとき思った。 シャロンがいたから……。 シャロンなんて人間(?)がいたせいで零児は戦うことになってしまった。シャロンさえいなければこんなことにはならなかった。 憎くて憎くて仕方なかった。 零児がふざけてはぐらかすなら、自分もそれに乗ってしまえばいい。 ふざけあっていても別に構わない。一緒にいられればそれでいい。 だけど、左腕を失った零児を見たら、シャロンへの憎しみと嫉妬、そして自分を見て欲しいという思いがわき上がってきて苦しくて仕方がない。 ふざけあえるわけがない。 これから零児とどう接していけばいいのか。 ――今から告白する? 「あは、あはははは……」 火乃木さっきから止まらない涙を拭いもせずに笑った。 「いまさら……いまさら……」 ――受け入れてもらえるわけないじゃない……。 あんなことを言ったのに、あんなひどいことを言ったのに、それでも零児が自分の思いを受け入れてくれるわけない。 ――あの子さえ……いなければ……!! 再び憤怒の感情が沸き起こる。だけど、その感情はきっと間違っていると思い直して無理やり自分の感情を殺す。 今の自分の心は誰が見ても醜くて汚いに違いない。 「どうすればいいの……どうすれば……。ああああ、こんなのやだああああぁぁぁぁぁ……!!」 自分がイヤ。シャロンがイヤ。自分のことを見てくれない零児もイヤ。 どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく憎くて、どうすればいいのかわからなくて……。 火乃木は声をあげて泣いた。 |
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